社内トレーナーというキャリアの選び方、AI時代に問われる兼任と専任の分かれ道
- 社内トレーナーには公募制度と現場推薦という二つの入り口があり、僕の体感では推薦経由の方が数年単位で定着する傾向があります。
- 兼任のまま続けるか専任化するかで評価軸が変わり、専任化すると研修設計そのものが評価対象になっていきます。
- AI時代の社内トレーナーは教材作成の負担が減る一方、現場固有の実例を持ち込める点にこそ価値が移っていくと僕は考えています。
「山根さん、来月から新人研修、私が担当することになったんです。人事異動でもないのに」——先日、通信会社に勤める30代の元受講生から、そんな相談を受けました。
結論から言うと、社内トレーナーというキャリアは「兼任のまま現場感覚を武器にする道」と「専任化して人材開発の専門職に寄せる道」の二択に、遅かれ早かれ分岐します。厚生労働省の令和5年度能力開発基本調査でも、Off-JTの講師を自社の社員が務める企業は、外部講師のみに委託する企業より多いという結果が示されており、この役割は研修現場の中核であり続けると僕は見ています。
0. 社内トレーナーとは何か、まず定義を揃えておきたい
社内トレーナーという言葉は会社によって指す範囲がまちまちです。ある会社では新人研修のOJT担当者を指し、別の会社では管理職研修の一部を任される中堅社員を指します。共通しているのは「外部の研修会社や専属講師ではなく、自社の社員が、自社の業務を教材に、自社の社員に教える」という三重の自社性です。
この三重の自社性こそが、外部講師にはない価値の源泉だと僕は考えています。外部講師がどれだけ優れた教授法を持っていても、「うちの部署でよくある、あのトラブル」を実例として出せるのは社内トレーナーだけです。逆に言えば、社内トレーナーの評価は「教え方のうまさ」よりも先に「現場の解像度の高さ」で測られる、という点を最初に押さえておく必要があります。この前提を誤解したまま登壇の巧拙だけを気にしてしまうと、努力の方向がずれてしまいます。
1. 社内トレーナーになる二つの入り口——公募制度と現場推薦
僕が研修会社に在籍していた頃、クライアント企業の社内トレーナー制度を数十社分見てきましたが、入り口は大きく二つに分かれていました。一つは人事部門が制度として運用する公募制、もう一つは現場のマネージャーが「この人に任せたい」と個別に打診する推薦制です。
公募制は選考基準が明文化されているぶん公平ですが、実務との接続が薄い応募者が通ってしまうことがあります。一方、推薦制は現場適性の見極めは的確でも、本人の意向確認が後回しになりやすく、「気づいたら兼任講師にされていた」という不満につながりがちです。僕の体感値で言うと、数年単位で続いている社内トレーナーの多くは、推薦をきっかけに始めて、その後本人が公募や研修部門への異動希望という形で意思表示をした人たちでした。入り口がどちらであっても、途中で「自分はこれを続けたいか」を一度立ち止まって問い直すタイミングが必要になると僕は考えています。
2. 兼任か専任か、評価軸とキャリアの分かれ道
社内トレーナーを一年以上続けると、多くの人が兼任のまま元の職務の評価軸で見られ続けるか、研修・人材開発部門への異動を経て専任化するかの分岐点に立ちます。この二つは評価のされ方がまったく違うため、比較して整理しておきたいと思います。
| 観点 | 兼任のまま続ける | 専任化する |
|---|---|---|
| 評価軸 | 元の職務の業績が主、研修は加点要素 | 研修の設計・効果が主要な評価対象 |
| 時間の使い方 | 本業の合間に準備、負荷が読みにくい | 研修設計・実施に業務時間を正式配分 |
| キャリアの広がり | 本業の専門性を維持しやすい | 人材開発・ID・組織開発への接続がしやすい |
| 向いている人 | 現場の第一線に居続けたい人 | 教える・設計する仕事そのものに関心がある人 |
どちらが正解ということではなく、「自分は現場の専門性を武器にし続けたいのか、教える・設計する専門性に軸足を移したいのか」という自己認識の問題だと僕は捉えています。この整理を先送りにしたまま兼任期間だけが延びていくと、本業の評価も研修の評価もどっちつかずになってしまうケースを何度か見てきました。
3. 求められる力——業務知識・ファシリテーション・教材更新力
社内トレーナーに必要な力は、業務知識、ファシリテーション、教材更新力の三つに分けて考えると整理しやすくなります。業務知識は現場で積み上げてきたものがそのまま資産になるため、多くの人にとって出発点はここです。問題はファシリテーションと教材更新力で、この二つは意識的に練習しないと伸びません。
ファシリテーションは「説明が上手い」とは別の技術で、受講者の反応を見ながら問いを投げ直す力を指します。僕が見てきた限り、社内トレーナーとして長く評価される人は、講義部分を削ってでも「受講者に話させる時間」を設計に組み込んでいる人でした。教材更新力は、業務手順や制度が変わるたびに教材を作り直す作業を、負担ではなく仕組みとして回せているかという点です。ここは次章で触れるAI活用が大きく関わってきます。
4. AI時代に社内トレーナーの役割はどう変わるか
生成AIによって研修教材のスライドや説明文の下書きは、以前より短い時間で作れるようになりました。これは社内トレーナーにとって朗報です。教材更新にかかっていた時間が減れば、その分をファシリテーションや個別フォローに回せるからです。ただし僕は、AIが社内トレーナーを代替する可能性は低いと見ています。理由は単純で、AIは「自社のあの案件」「あの部署特有のクセ」を知らないからです。
厚生労働省の令和5年度能力開発基本調査でも、Off-JTの講師を自社の社員が務める企業は、外部講師のみに委託する企業より多いという結果が示されています。これは、教育コンテンツそのものよりも「教える人が誰か」に価値が置かれている裏返しだと僕は解釈しています。AIが得意なのは一般化された知識の整理であり、社内トレーナーの価値はむしろ、AIには書けない固有の実例を持ち込むことに、これまで以上にはっきりと寄っていくはずです。
5. 社内トレーナーの先にあるキャリア——ID、組織開発、フリーランスへの接続
社内トレーナーを数年経験した人のその後の進路は、僕が見てきた範囲で大きく三つに分かれます。一つは人材開発部門に異動し、インストラクショナルデザイナーとして研修設計そのものを専門にする道。二つ目は、教育の枠を超えて組織開発コンサルタントに近い動き方をする道。三つ目は、社内での実績を土台に、フリーランスの研修講師として独立する道です。
どの道を選ぶにしても、社内トレーナー時代に「なぜその研修が効いたのか、あるいは効かなかったのか」を言語化する癖をつけておいた人ほど、次のキャリアへの移行がスムーズだったという印象を僕は持っています。逆に、担当を続けているだけで振り返りをしてこなかった人は、専任化や独立の話が来ても「何を強みとして語ればいいか分からない」という壁にぶつかりがちです。冒頭で相談してきた元受講生にも、まずは半年後にこの振り返りを一緒にやりましょうと伝えました。
(結論)
社内トレーナーというキャリアは、公募と推薦という入り口の違いから始まり、兼任と専任という評価軸の違いへとつながり、最終的にはID・組織開発・フリーランスという複数の出口につながっていきます。AIが教材作成の負担を軽くしてくれる一方で、現場の固有の実例を持ち込める人にしか担えない役割は、むしろ輪郭がはっきりしてきていると僕は感じています。
皆さんいかがでしたでしょうか。もし今、兼任講師として声をかけられている、あるいは専任化を打診されているという方がいれば、それは自分のキャリアの軸を一度言語化する良い機会だと捉えてみてください。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 社内トレーナーになるとどんなメリットがありますか?
最大のメリットは、業務知識という既存の資産を武器に、教える・設計するという新しい専門性を安全に試せる点だと僕は考えています。異動や独立と違い、本業の評価を残したまま研修設計やファシリテーションの経験を積めるため、次のキャリアを決める前の実験の場として機能します。厚生労働省の能力開発基本調査でも、自社の社員が講師を務める研修は外部委託のみの企業より多く、社内トレーナー経験そのものが珍しいキャリアではなくなっています。
Q. 兼任のまま続けるべきか、専任に移るべきか迷っています。
結論としては、自分が現場の専門性を武器にし続けたいのか、教える・設計する専門性に軸足を移したいのかという自己認識で決めるべきだと僕は考えています。兼任は本業の専門性を維持しやすい一方、負荷が読みにくいという欠点があります。専任化すると研修の設計・効果そのものが評価対象になり、人材開発やインストラクショナルデザインへの接続がしやすくなります。どちらが優れているかではなく、向き不向きの問題として捉えることが大切です。
Q. 社内トレーナーの経験は将来のキャリアにどう活きますか?
僕が見てきた範囲では、社内トレーナー経験者のその後の進路はインストラクショナルデザイナー、組織開発コンサルタント、フリーランス研修講師の三つに大きく分かれます。共通しているのは、担当していた間に「なぜその研修が効いたのか」を言語化する癖をつけていた人ほど、次のキャリアへの移行がスムーズだったという点です。経験そのものよりも、経験をどう振り返ってきたかが評価される場面が多いと感じています。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。